今回は、先々月に行ったモロッコの旅について少し書きます。
ヨーロッパからアフリカ大陸へ入る玄関口、またサハラ砂漠の西の入口、という希有な場所にあり、映像や本などで触れる機会が無くはないと言え、まだまだ未知で想像に難いアフリカ大陸の北西に位置するモロッコ。
今回は、モロッコの主要都市であるマラケシュ、フェズ、そしてサハラ砂漠を訪れました。
特に印象的だったのは、やはり人と建築。
まず人について、全体的には、ラテン系のような明るいノリと、日中は45℃を超える過酷な環境も手伝うのか、決して働き者とは言えない緩い雰囲気というのが正直な感想でしょうか。
何をするでもなく、その堀の深い大きな瞳で舐め回すようにじっとこちら見つめる視線、それがモロッコで過ごした時間を代表する記憶のように思います。
モロッコに到着してしばらくは、その人や物の扱いに対する素っ気なさや粗っぽさを強く感じ日本を恋しく思ったものですが、しばらく経つとその環境にも少しずつ慣れ、そのような否定的な感情よりも、必要以上に肩肘を張らない、あ、これでいいんだよね、という大らかさに変化し、ストンと落ち着く心も出てきました。
逆に日本に帰国した直後に、日本はやはり清潔で親切で丁寧でなんて素晴らしい!と思った反面、それと同じ位、どこか神経質で過剰なその日常生活のコミュニケーションの仕方に、旅行の前には考えもしなかった苦しくなるような不自由さを感じてしまいました。
そして何より、そんなモロッコ人の根底に在る「イスラム教」という絶対的な存在を、この短いの旅の間だけでも、強く感じられました。
どこの街にも、至る所に大小のモスクが当然のように家と隣り合って有り、日に5回の礼拝の時間は多くのモロッコ人の生活の一部となってあまりに自然です。
礼拝に向かう老若男女の姿、時間になると街全体にスピーカーから流れる何だか分からない音楽のような歌のようなもの。
後から調べると、お祈りの時間であることを告げるアザーンという呼び掛けだということが分かりました。(音楽では無くあくまで呼び掛け、という位置づけで、キリスト教でいう鐘と同じような役割とのこと。)
その他にも、食べ物や飲酒などに代表される厳しい制限や1ヶ月の断食の習慣であるラマダンなど、その姿は、私たちが感じた緩い暮らしぶりからは想像出来ない程ストイックな印象を与えます。
一方我々日本人は、イスラム教のような厳格な規律のある宗教、ましてや礼拝のような決まった習慣をもつ人も多くはいません。
どちらかというと、八百万の神と言っては、いろいろなものに神を見い出し全てのことに感謝する。
イスラム教のような確固たる宗教心といった様相は薄く、見ようによっては、浮気な国民性だという印象をもたれるかもしれません。
そんな日本が、良く言えば繊細、悪く言えば神経質、逆にモロッコが、良く言えば大らか、悪く言えば雑で狡猾、といった国民性をもつことに矛盾と不思議さを感じました。
しかしそれは矛盾ではなく、むしろ二面性を持っているという共通点なのだということに気がつきました。
両国とも根本に在るもの(この場合は宗教心)のあり方が、強く国民性に影響を与えているということです。
イスラム教の絶対的で厳格な規律の共有の上にあるモロッコと、根底で共有するものが無いために人間同士の道徳や精神性に依る秩序を重んじる日本。
神と個というベクトルの集合体であるモロッコ、神が不在で個と個というベクトルの集合体である村社会の日本。
モロッコは、その状態の上に、先に述べた、立地上避けられないヨーロッパ諸国からの支配と独立を繰り返し、その脅威の中生き長らえてきた狡猾さが加わり、紛れもないこの土地独自の国民性が確立されたであろうことは、必然であり、やはりとても興味深い国だと再認識しました。
長くなったので、建築については次回。