70代の夫婦の住まいである。
子供達が巣立って時間が経ち、夫婦の生活スタイルや心身の状態の変化に対応するため、水回りを除く(水回りは約10年前に改修済み)室内全体の改修工事となった。
かつては自宅で教室を開催するほどの料理の腕前を持つ施主(妻)を中心に、この家の家族が大切にする時間は、リビングより食卓(ダイニング)にあった。
そこでまず、動かすことのできない構造体であるコンクリートの壁や梁によって決定されていた既存の田の字型プランの中心領域を、この家の象徴として、ダイニングスペースへと再定義した。
キッチンの横に窮屈に詰め込まれ、かつ玄関や水回りへの生活動線上にあった既存のダイニングスペースにゆとりをもたせるため、各居室のボリュームを不便のないように注意深く調整した。
ダイニングに面した夫婦各々の最低限の広さの個室は、大きな引戸の開閉によって、個と公のつながりの濃度を、場面によって選択できるようになった。
また、各個室の引戸を開けることにより、個室間の直線上のつながりに加え、その他の居室に対しても対角上に抜ける視線をつくることで、実際の面積よりも空間の広がりを感じられるように意識した。
広いこと、新しいことだけが、空間の質を決定するのではない。
小さくとも、密度を持って淡々と、大切なものを守りながら生活を営むこと、そのような暮らし方に寄り添うことのできる空間となることを目指した。
【Before】